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奈良地方裁判所 昭和37年(ワ)35号 判決 1963年11月01日

原告 日動火災海上保険株式会社

被告 生駒昭和運送株式会社

主文

被告は原告に対し、金一、五五一、二四一円及びこれに対する昭和三七年三月一〇日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、原告の申立

「被告は原告に対し金一、六〇五、〇九八円及びこれに対する本訴状副本が被告に送達された日の翌日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告の申立

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二、当事者の主張とその認否

一、原告の請求原因

(一)  昭和三六年四月一二日午前八時頃、京阪自動車株式会社の運転手藤代和夫(なお、車掌は北谷三鈴。)は同会社所有の観光バス(京二あ〇七〇〇号、以下本件バスという。)を運転し、奈良市を経て大和郡山市美濃庄町の国道二四号線を南進していたところ、その後方から被告の従業員片山高輝が被告所有の小型四輪貨物自動車(奈四あ〇八八六号)を運転して本件バスを追走してきたが、同町二八番地の通称南田池先にさしかかつた際、右片山は本件バスを追越そうと加速してその右側に並行して国道の中央に右貨物自動車を進めた瞬間、前方約一〇〇米のところを北進する自動車を発見したので、急制動をかけたがスリツプしてハンドルを左にとられ、本件バスの中央やや前部の車体に右貨物自動車の左側前部を衝突させ、その衝撃により本件バスは右国道の東側に設置してあるガードレールを破壊したうえ、その東側にある南田池に転落してしまつた。

(二)  右事故は被告の従業員片山の前方確認の不徹底と本件バスを追越さんがための速度の出し過ぎという過失によつて生じたものであり、また、この事故は、同人が被告の事業の執行中に惹起されたものである。

(三)  この事故によつて京阪自動車株式会社は、本件バスの修繕等により計金一、六〇五、〇九八円の損害を蒙つた。

(四)  右損害は被告の従業員片山の前記のような不法行為によつて右会社が蒙つた損害であり、従つて同会社は同人の使用者である被告に対し右損害と同額の損害賠償請求権を取得した。

(五)  ところで、原告は、昭和三六年三月一六日右会社と本件バスにつき自動車保険普通保険契約を締結していたので、同年八月三一日同会社に対し、同会社が蒙つた前記損害と同額の保険金一、六〇五、〇九八円を支払い保険者代位により同会社の被告に対する右損害賠償請求権を取得した。

(六)  よつて原告は被告に対し右会社の蒙つた右損害金一、六〇五、〇九八円と、これに対する本訴状副本が被告に送達された日の翌日以降右完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告の認否

(一)  請求原因(一)の事実のうち、事故発生の原因を除き原告主張の日時場所においてその主張のような接触事故のあつた事実と同(二)の事実のうち片山高輝が被告の従業員である事実は認めるが、(一)のその余の事実と(二)の事実のうち本件事故が右片山の過失によつて生じたものであるとの事実は否認する。また、同(三)乃至(五)の事実は知らない。

(二)  右事故は本件バスの運転手藤代和夫が前記接触の際狼狽してその処置を誤り、ブレーキペタルとアクセルペタルを踏み違え、急にハンドルを左に切るというような運転技術の未熟からくる過失により生じたものである。

第三、証拠関係(省略)

理由

一、(一) 原告の請求原因事実中、昭和三六年四月一二日午前八時頃大和郡山市美濃庄町二八番地通称南田池先の国道二四号線路上で折柄、同国道を南進中の京阪自動車株式会社の運転手藤代和夫が運転していた本件バスの車体に、同様右国道上を南進していた被告の従業員片山高輝運転の被告所有の小型四輪貨物自動車(奈四あ〇八八六号)が接触し、その際本件バスが右道路の東側の南田池に転落したとの事実は当事者間に争いがない。

(二) 右(一)の事実と、成立に争いのない甲第一二乃至第一四号証、同第一六、第一七号証及び証人藤代和夫、同北谷三鈴の各証言を綜合すると、

「昭和三六年四月一二日午前八時頃、大和郡山市美濃庄町二八番地通称南田池先の国道二四号線上を、京阪自動車株式会社の運転手藤代和夫が同会社所有の本件バスを運転し(なお、本件バスには乗客はなく、車掌の北谷三鈴が同乗していたのみであつた。)、橿原市所在の近鉄八木駅へ回送のため時速約四五粁の速度で南進中、たまたまその後方から被告の従業員片山高輝が被告所有の小型四輪貨物自動車(奈四あ〇八八六号)を運転して追走して来たが、本件バスとその後続の同会社所有の観光バス二台を追越そうとして右道路の中央から進行方向右側に進出しようとした。ところで、当時、右路面は降雨のため湿潤し、スリツプし易い状態にあつたから、自動車運転手としては、このような場合速度を適宜調節し、ハンドルの操作を慎重にする等その運転には特に注意し、スリツプによる接触事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものといわなければならない。しかるに右片山は不注意にも漫然と時速約五〇粁を越える速度で、本件バスを追越そうとして進行方向右側に寄りすぎ、その進路を是正するため右速度のままハンドルを左に切つたため、右貨物自動車をスリツプさせてその運転操作を不能ならしめ、自己の運転する自動車の左側前部を本件バスの右側前部附近に衝突させ、更に狼狽してハンドルを右に切つた際またも右貨物自動車の左側後部を本件バスに接触させ、このため本件バスの藤代運転手は、右道路の東側(進行方向左側)が池であるため急拠ハンドルを右に切つて池への転落を免れようとしたけれども、右衝突等の衝撃が余りに強かつたため遂に及ばず、そのまま道路東端に設置してあつたガードレールを破壊してその場の池(南田池)に転落してしまつた。」

との事実を認めることができる。証人片山高輝の証言中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故は専ら被告の従業員片山高輝の自動車運転上の過失によつて生じたもので、本件バスの運転手藤代和夫に責むべき点はなかつたものといわざるを得ない。

(三) 請求原因事実中、本件事故は被告の従業員片山が、被告の事業執行中に惹起させたものであることは被告において明らかに争わないところであるからこれを自白したものと看做す。

(四) そうだとすれば、被告は右片山の不法行為、すなわち本件事故によつて、本件バスの所有者京阪自動車株式会社が蒙つた損害につき、同人の使用者として、これを賠償すべき責任がある。

二、そこで以下進んで右会社の蒙つた損害の点について判断する。

証人久保俊三の証言と、同証言によつていずれも真正に成立したことを認められる甲第四乃至第九号証並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、

「本件事故により本件バスは、その附属品と共に各箇所に破損、故障を生じ運転不可能に陥り、そのため所有者の京阪自動車株式会社は、(イ)前記池に転落した本件バスを池から引揚げ、同所からその修理工場に運搬する費用として、計金三二三、八〇〇円の支出を要し、(ロ)その附属品を含め、本件バスの修理部品の取替等に計金一、二三七、四四一円を要した。(ハ)また本件バスが右池に転落した際、道路脇に設置してあつたガードレールを破壊したので、同会社はその管理者から修理の請求はなかつたが、進んで業者に依頼してこれを修理させ、その費用として金五五、八一〇円の支払を要した。(ニ)更に、同会社は本件バスが転落した右南田池の所有者野上勇に、迷惑をかけた損害金の趣旨で、同人からの請求を待たずに進んで金一六、〇〇〇円を支払つた。」

との事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、本件事故により京阪自動車株式会社が支出した右(ハ)、(ニ)の費用は暫らくおき、右(イ)、(ロ)の費用計金一、五六一、二四一円は、被告の従業員片山の前記不法行為により同会社が蒙つた通常の損害であるというべく、従つて同会社は同人の使用者である被告に対し、少くとも右と同額の損害賠償請求権を取得したものといわなければならない。

三、ところで証人久保俊三の証言と、同証言によつていずれも真正に成立したことを認められる甲第二、第三号証、成立に争いのない同第一号証及び前掲同第四号並びに弁論の全趣旨を綜合すると、

「損害保険業者の原告は、昭和三六年三月一五日京阪自動車株式会社と、次のような条項等を含む保険約款による、いわゆる車輛保険と賠償保険の両者を内容とする自動車保険普通保険契約を結び、翌一六日同会社からそれぞれ所定の保険料を領収した。

(一)  保険の目的は右会社所有の本件バスとする。

(二)  填補すべき保険事故と填補の範囲は、(イ)いわゆる車輛保険として、本件バス(附属品を含む。以下同じ。)につき生じた衝突、墜落又は顛覆による直接損害、陸上運送中に生じた事故による損害、但し、いずれも全額の場合を除き一回の事故によつて生じた車輛損害に対し填補すべき金額が金一〇、〇〇〇円を超過した場合に限り、その超過額に対してのみ填補の責に任ずる。(ロ)いわゆる賠償保険として、本件バスの衝突、墜落、顛覆その他の運転中の事故に起因して生じた乗客以外の他人の物的損害に対し、被保険者が法律上の損害賠償義務に基づきこれを賠償したとき、その賠償金の四分の三について填補の責に任ずる。但し、損害賠償請求の訴訟が提起せられ、原告の書面による承認を経てこれに応訴したとき、又は原告と協議のうえ争を仲裁に付したときはこれに必要又は有益なりし訴訟費用又は仲裁費用を加算した額の四分の三について填補の責に任ずる。

(三)  保険期間は原告が保険料を領収した時から昭和三七年三月一六日午後四時までとする。

(四)  保険金額は車輛保険については金四、〇〇〇、〇〇〇円賠償保険については金二〇〇、〇〇〇円とする。

(五)  右保険の目的の損傷を修繕し得るときは、保険の目的を事故発生の直前の状態に復するに必要な修繕費(但し保険の目的が自力をもつて移動し得なく至つたときは、これを修繕所まで運搬する費用又は修繕所まで運転するために加えた仮修繕の費用は正当な部分に限り右修繕費の一部と看做す。)をもつて右車輛保険についての直接損害の額とし、原告は、右保険金額の限度で、被保険者に右修繕費、損害防止費用その他名義の如何に拘らず、これを合算した額の範囲内で填補する。

(但し保険金額が保険の目的の時価に超過した場合は保険の目的の時価をもつて限度とする。)

そこで右会社は本件事故後、前記第二項認定の(イ)乃至(ニ)の費用をもつて、同会社が本件事故によつて蒙つた損害であるとして、所定の期間内に所定の手続を経て、原告に対し右保険契約による填補を請求してきたので、原告は、これを査定した結果昭和三六年八月三一日同会社に対し、右請求金額中、車輛保険による保険金として金一、五五一、二四一円、また、賠償保険による保険金として金五三、八五七円、以上計金一、六〇五〇九八円を支払つた。」

との事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

四、以上認定の事実によれば、京阪自動車株式会社が本件事故によつて蒙つた前記第二項認定の(イ)、(ロ)の損害計金一、五六一、二四一円は、原告と同会社間の前記自動車普通保険契約のうち、車輛保険に関する約款にいうところの「保険の目的である本件バス(附属品を含む。)につき生じた衝突等による直接損害」というべく、従つて右契約に基づき、原告はその填補の請求をした被保険者の同会社に対し右約款により、右損害額より金一〇、〇〇〇円を控除した金一、五五一、二四一円を支払うべき義務があるのであるから、原告が昭和三六年八月三一日同会社に支払つた保険金中車輛保険についての金一、五五一、二四一円の支払は正当であつて、原告は右支払により、右会社が被告に対して有していた前記損害賠償請求権中これと同額の金一、五五一、二四一円の賠償請求権を保険者代位により取得するに至つたもので、被告は原告に対し、少くとも金一、五五一、二四一円の賠償金と、これに対する本訴状副本が被告に送達された日の翌日であること記録上明らかな、昭和三七年三月一〇日以降右完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。

ところで、前示認定のとおり、原告は前同日、右会社に対し、右保険契約に基づき、賠償保険金として金五三、八五七円を支払つており、前第二項認定の(ハ)、(ニ)によれば、同会社は本件事故について、ガードレールの修理費、本件バスが転落した池の所有者に対する損害金として合計金七一、八一〇円を支出している。然しながら、右保険契約中賠償保険に関する約款によれば、原告が被保険者に賠償保険金を支払うのは、「被保険者が法律上の損害賠償義務に基づき保険事故により他人に蒙らせた物的損害を賠償したこと」を前提としているのであつて、前記第一項認定のように、本件事故については、本件バスの運転手藤代和夫には何等の過失なく、従つて、その使用者で本件バスの所有者である右会社は、本件事故により破壊されたガードレールの修理についても、また、本件バスが転落した池の所有者が蒙つた損害に対しても、法律上の損害賠償義務を負担すべきいわれはないのであるから、同会社が支出した右費用は、右約款にいう「被保険者が法律上の損害賠償義務に基づき支払つた賠償金」には該当せず、原告としては同会社からの請求があつても、これを填補すべき保険契約上の義務はないものといわざるを得ない。

そうだとすれば、原告が右会社に支払つた賠償保険金五三、八五七円は、右保険契約上の義務なくして支払つたものというべく、たとえ同会社が右支出金額について被告に対しその支払を求め得る請求権を有しているとしても、原告としては、右保険金の支払により同会社の被告に対するその請求権を保険者代位により取得するいわれは何等存しないものといわなければならない。

五、以上の次第であるから、原告の請求は主文第一項記載の限度で、これを正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条但書、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 藤井俊彦 村瀬鎮雄)

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